コラム2026.04.08
シンポジウム2026開催レポート|複雑性を力に変える動態経営―合理性の限界を超える―
文:荻野進介
合理的知性と自然的知性を架橋する
「日本的知性」を求めて
2月4日夕刻、新宿中央公園の近く、西新宿・十二社(じゅうにそう)通り沿いのビルの1階で、AIDAコンソーシアムの記念すべき第一回目のシンポジウムが行われた。第一部のトークセッションで、開会の辞(Opening Address)を述べるべく、登壇したのが一般社団法人AIDAコンソーシアム代表理事の安藤昭子氏である。安藤氏いわく、AIDAコンソーシアム設立の背景にあるのは、原因と結果が大きく乖離しがちな、複雑性を増すこの社会そのものだという。
ただ、宇宙開闢以来、この世界が複雑でなかったことはない。そこで、その複雑な世界を予測可能で制御しやすくするため、大きな役割を果たしているのが、科学に代表される西洋由来の「合理的知性」である。その対極にあるのが、複雑な世界を構成する「自然的知性」であるが、両者を架橋し、すき間を埋めるものとして、安藤氏は「日本的知性」を置く。「変化とともに生きるための知性であり、自然との共生を志向するものだ。日本人は空気を読む、間を取るといった表現に代表されるように、目に見えないものを扱うことに長けている」

ここで、コンソーシアムが掲げる「AIDA」の意味が安藤氏により披露された。Analogical Integration of Dynamic Associationである。「物事の『あいだ』にある動的な関係性や目に見えない価値に注目し、それらを連想的かつ連鎖的に統合することだ」
AIDA理論の知的基盤として、安藤氏はもう一つ、コーポレート・オントロジー(Corporate Ontology:存在論的組織観)という概念を挙げる。「コーポレート・アイデンティティ(Corporate Identity:企業の存在意義)は企業ロゴやスローガンなどに反映されているが、環境変化が激しく、一つの固定したアイデンティティだけでは、企業が経営を持続、発展させられない時代になった。そこで、そのCIを超え、企業とは何かを問い直しながら、世界との関係性の中で生成し続けるプロセスとして自社像を更新し続けるプロセスが重要になる。それがCOだ」
実はAIDA理論の原型は出来上がっている。真ん中に「情緒」があり、その周りを「兆し(問い)」「見立て(アナロジー)」「物語(存在の系譜を多様な可能性に解放するもの)」の3つが渦巻きながら、複雑な外部環境と呼応するというものだ。「この作用により、個の情緒が解放され、組織の情緒に束ね直されていく」。野中郁次郎が存命ならば、この情緒を「暗黙知」と置くだろう。

中小企業の元気を涵養し
日本的フレームワークを渡したい
続いて、AIDAメッセージと題し、3名が登壇した。トップバッターは、経済産業省中小企業庁長官の山下隆一氏である。演題は「AIDAコンソーシアムへの期待」というものだ。
山下氏はスライドを見せながら、「日本産業の現状」についてデータを参照し説明した。
要点を記すと、海外投資とM&Aに力を入れているものの、国内投資は及び腰だ。実際の国内投資額も1995年を100とした場合、2021年は120とほぼ伸びてない。研究開発費も2007年から2021年まで、19兆円から20兆円と横ばいに留まる。売上高に占める設備投資の割合、同研究開発投資の割合、GDP総額に占める人的資本投資額の割合、この10年を通し、すべて日本は低迷している。
デフレの下、こうしたことで産業競争力を失ったが、現在の経済はインフレ含みの成長基調にある。そこで新たな経済の担い手として、山下氏が注目するのが、成長意欲の高い中小企業だ。特に後者のうち、オーナー系企業は経営と現場の距離が近く、よい意味でガバナンスが効いており、社長が本気になると会社が大きく変わる可能性がある。

そうした企業の経営者をターゲットに、中小企業庁が取り組んでいるのが、売上高100億円という野心的な目標を宣言し、それを中小企業成長加速化補助金の要件とする「100億企業創出」プロジェクト。2025年5月の「100億宣言」には2288社(2月2日現在)が名乗りを挙げ、毎月100社ペースで増加中であることに山下氏は勇気をもらったと言う。
件の宣言の効果につき、山下氏が語る。「まずは当の経営者自身が変化する。儲けるために計画的に何をすべきか、経営者目線で物事を考えるようになる。従業員も変化する。うちの社長はそういうことを考えていたのか。一緒にやろうと元気になる。地域の他の経営者も影響を受ける。あいつがやるなら、俺もできるかもしれないと。身近な人の変化が、実は起業家に極めて大きなインパクトを与えるドライバーになる。シリコンバレーやシンガポールのスタートアップでは、そうした例が、起業の良い刺激になっていた。その日本版が起きている」
ただ、不足しているものがある。経営者の挑戦や成長を後押しする知的フレームワークだ。「必要なのは、新たな価値のつくり方であり、他社と比べた差別化の方法だ。それは日本で暮らしている中で培われた社会的、文化的土壌と不可分であり、既存の西洋的な経営のフレームワークだけでとらえきれない。AIDAコンソーシアムには松岡正剛氏と野中郁次郎氏のメソッドを組み合わせ、日本の身体感覚に合致したフレームワークづくりを期待したい」(山下氏)

クラフトとエシックスを
日本企業は取り戻すべき
AIDAメッセージの二人目のメッセンジャーが、AIDAリードフェローであり、京都先端科学大学教授にして一橋大学ビジネススクール客員教授でもある名和高司氏である。演題は「シン日本流経営の実践」であり、その名の通り、名和流の新しい経営モデルが提示された。
名和氏は冒頭、日本が一位をとった明るい話に言及する。スイスの世論調査会社、イプソスが集計した「国家ブランド指数2023」において、日本がドイツ、カナダ、英国、イタリアなどを抑え、堂々1位になったというのだ。その理由として、信頼できる国であること、日本という場所には他の国々にない場所がある、という2つがあるという。名和氏はこう語る。「日本を進化に取り残されたガラパゴスと見る向きがあるが、まるで見当外れだ。何より世界遺産の筆頭であるガラパゴスに失礼だ」
シン日本流経営では無形資産を重視する。物的資産、金融資産といった目に見える資産よりも、人財資産、顧客資産、そして何より組織資産を大切にする。
顧客資産はわかりやすい。人財資産に関して、名和氏は「人財=考え方×熱意×能力」という、京セラ創業者の故稲盛和夫が作った成功方程式を援用する。いくら能力(ポテンシャル)が高くても、考え方(パーパス)や熱意(パッション)が低ければ全体の値も下がってしまうというわけだ。人の能力を最大化すれば市場で勝てるという昨今流行りの人的資本経営とはまるで違う考え方である。

そのうえで、名和氏は「組織資産=αβΣ(人財)」と定義する。αとはパーパス、カルチャーといった企業におけるソフト、βとはアルゴリズム、仕組みといった同ハードを意味する。この仕組み化がうまく行っている企業は稼ぐ力が強く、株価が高い。キーエンス、ファーストリテイリング、リクルートなどが代表的企業という。Σ(人財)とは、人財資産の総和ということだ。この3つをかけ合わせたものが組織資産となる。
名和氏はカナダ人の経営学者のヘンリー・ミンツバーグ氏と親交がある。ミンツバーグ氏は経営にはサイエンス、アート、クラフトという三要素があると考えており、そのうち、クラフト、つまり現場力や匠の技を重んじている。そのミンツバーグ氏が「日本企業は優れたクラフトを持っていたのに衰えてきた」と現状を憂いているという。
先の3つに加え、エシックス (倫理) を重んじてきた点が、日本的経営の美徳だったという点にも、ミンツバーグ氏に共感してもらった。「倫理とは何かと何かの間をつなぐ関係性の哲学だ。人間、時間、空間、すべて間がある。クラフトと倫理があれば、サイエンスとアートはうまく機能する。AIDAコンソーシアムでの議論において、今後、ぜひ取り上げたいテーマだ」

江戸が教えてくれる
日本的知性のあり方
三番目のメッセンジャーは、田中優子氏である。AIDAアドバイザーであり、松岡正剛氏が創始したイシス編集学校の学長でもある。法政大学名誉教授、江戸文化研究の泰斗としても知られる。
冒頭、このシンポジウムが行われている会場付近は江戸時代は巨大な池の底だった、という話が聴衆の興味を引いた。ここ西新宿の十二社通り付近は、熊野神社が今もあるように、熊野の地に見立てて開発された。その見立てというのが 日本的知性の方法の一つだという。「今日の私の話を文化の話だと思わないでほしい。 経営にも組織の作り方にも見立てられるはずだ」と田中氏が述べる。
最初の話題は変化だ。「日本人は変化に寄り添いながら生きてきた。すでにあるものと、次に生み出すものの『あいだ』に『今』がある」と田中氏。現代における俳句の原型として、江戸時代、連句というものがあった。五七五の発句に対し、七七の脇句をつけ、さらに五七五の第三句をつけ、というように、全体が連綿と続いていく。自分が思ったことを表現しても、意図しない内容の句を別の人が付けるため、お互いが相対化され、自分が自分でなくなっていく。
たとえば、「苔ながら花に並ぶる手水鉢」という芭蕉の575に対し、去来が「ひとり直りし今朝の腹立ち」と77を、さらに「いちどきに二日の物も食うて置き」と凡兆が575をつけた。花のように美しい苔の話を芭蕉が提示し、それを見たことによって怒りが収まったと去来が記す。ところがその真の原因は、二日分も腹いっぱい物を食べたことだったと凡兆が表現した。この連句のように、遊び事を楽しむ仲間は「連」と呼ばれた。「その仕組みは人と同一化せず、無関係にならない。大集団を組まず、個々の関わりをつくる。受け継ぎ、受け取り、変化させる」

この連のありようこそが江戸時代の人間関係そのものだったが、もう1つ、「権威によりかからない」という特徴もあった。それは「順番をつけない」ことと同義であり、番付があっても、順位は記さなかった。「競い」も「遊び」の一種だったという。「平安時代出自の『合わせ』という競いの方法がある。これは選ぶ(すく)ためのもので、競争とは違う。『古今集』『新古今集』などの八代集が成るにあたっては、この、すく思想があった」
何かの権威化も嫌われた。「俳諧が高尚な文学になり権威化すると、狂が発生し、狂歌、狂詩が生まれた。そこから咄の会が、そして落語が生まれた」
ものづくりの場面ではどうか。かつて、中国から輸入された漢字が表音文字として取り入れられ、それとは別の仮名文字が生まれたように、外国から輸入されたものを一手間、一工夫を加えて使うのが日本流だった。中国から採り入れた活字印刷を版木印刷に、インド出自の更紗(木綿布)を日本版の和更紗にして活用、中国から輸入した磁器も柿右衛門としてヨーロッパへの輸出仕様に作り替えた。同じように、レンズ製品、和ガラス、銅版画などもヨーロッパからの輸入品を独自に変化させて使用した。特に和時計は面白いもので、一定にしか動かない時計を、季節によって変動する太陽の動きを反映するよう、日本流に作り変えて活用した。
田中氏はこう結んだ。「江戸時代は技術と工夫の集中化の時代だ。外から来たものをそのまま取り入れず、何かの工夫を加え活用したり、別の何かを生み出す刺激にしたりする。今の日本では廃れてしまった作法だが、今もきっとできるはずだ」

匠(たくみ)の仕組み化とAI活用、
そして身体的知性の復権を
続いてパネルディスカション「複雑さを力に変える動態経営」に移る。パネリストは、既登壇者の名和高司氏、田中優子氏、安藤昭子氏の3名で、モデレータを、AIDAフェローであり、リクルートワークス研究所アドバイザーの奥本英宏氏がつとめた。
冒頭、奥本氏がここまでの議論を総括したうえで、日本企業の価値創造をどう見ているか、という問いを発した。
それに対し、名和氏は、0から1、1から10、10から100にするフェーズの3つに分けた上で、10から100のフェーズが最も弱いのが日本だと指摘する。「日本人の小市民性が現われているが、それは悪いことではない。そこを逆に強みにすべきだ。10から100を目指すことでいえば、欧米が長けている。たとえば米アップルの製品は素材も部品も日本企業のものとなっている。そうやって100を目指す世界の大企業に、日本の中小企業の製品を使ってもらえればいい」
安藤氏は、日本独自の和時計を作ったように、江戸時代までの日本は価値創造に長けていたが今は違う、という先の田中氏の話に同意する。「いまなぜそれが弱くなっているのか、どうすれば取り戻せるのか、議論していきたい」
田中氏も日本企業が価値創造をうまく行えていないという考えに同意する。「その背景には地方による差を認めず、国全体を同じにする、という考えがある。しかも、自分たちを欧米に合わせすぎている。世界はもっと多様だ。自分たちのやり方を生み出せば、それが世界に通用するかもしれない。そこが日本はできておらず、残念だ」

では、価値創造が停滞している日本が、そこから脱するにはどうしたらいいのだろうか。奥本氏の問いかけに対し、名和氏は企業における「匠の仕組み化」の弱さを指摘した。技や技術はあるものの、その収益化がうまくいっていないというのだ。「収益化には野中先生の唱えた知識創造理論における、関係者の暗黙知を共有する共同化が鍵を握る。そこにAIをもっと使うべきだ。逆にいえばそこに日本企業の伸び代がある」
安藤氏も暗黙知の大切さを認め、その上で、田中氏が指摘した「見立て」も、「なんらか掴み取った兆しを日の元にさらさずに、物事を動かし、別の世界像を提出する方法」として期待を寄せる。
安藤氏は、田中氏が言及した連の仕組みも、企業の価値創造に応用できると述べた。「自分を固定化しない、つかず離れずの仕掛け。自分を半身あけておき、いつでも変われるようにしておく。合理的知性にとらわれ過ぎてしまった今の日本人が失いかけているものだ」
最後、奥本氏が「日本的知性を生かすために、企業はどうするべきか」と問いかけた。
この問いに対し、田中氏はAIの活用を呼びかけた。「紙漉きという動作は複雑極まる人体の動きから成り立っている。機械化が絶対無理と言われてきたが、AIにその動きを模倣させることはできるのではないか。日本の技を組み立て直すために、AIをもっと活用してもらいたい」
名和氏は逆にAIとは別の分野に目を向けることを推奨する。「日本はバイオ研究の分野で世界有数の力がある。自然科学への注目がもっと集まるべきだ」
安藤氏は日本人の身体的知性に着目する。「江戸時代以前の日本人は、考える前に察知するといった身体的知性を暮らしやものづくりに活かしてきたが、それは今も私たちの身体の中には残っていて、自らの優位性として使っていけるはずのものだ。そのための鍵となるのが情緒だ。情緒の解放と、それを日本がどう扱ってきたのか、その両方を見ていくことが必要だろう」

理論と実践の融合
新たなモデルづくり
次にAIDA Working group Updateと題されたパネルディスカッションが行われた。AIDAコンソーシアムは、会員企業から派遣された人たちで構成されるワーキンググループと、AIDA理論の研究チームの両輪で動いている。今回は7社ある会員企業のうち、4社から各1名、計4名が登壇した。ネットワンシステムズの執行役員 中部支社長の松本陽一氏、ヒューマンリンク 人材・組織開発コンサルティング事業開発室兼みらい人事研究所シニアマネジャーの水谷壽芳氏、Kaizen Platform取締役CFOの高﨑一氏、アミタ代表取締役社長の宮原伸朗氏である。前出の奥本英宏氏が再びモデレータをつとめた。
まず奥本氏が、ワーキンググループに参加するにあたり、各自が抱いている問題意識を尋ねた。システムインテグレーター、ネットワンシステムズの松本氏は効率やスピードが優先される昨今の風潮への違和感があるという。「短期間で成果を挙げることばかりが持てはやされているが、もっと楽しく、ゆっくり仕事をしてもいいのではないか。そのヒントを探り、形にしていきたい」
水谷氏が所属するヒューマンリンクは三菱商事のグループ会社で、グループ企業約1200社の人事を一手に引き受けている。水谷氏いわく、「われわれの相手にしている世界は複雑で、暗黙知だらけだ。その間に入り込み、活動していくため、兆し、見立て、物語といったAIDA理論が非常に役立っている」という。
高﨑氏がCFOを務めるKaizen Platformは2013年創業の若いベンチャーだ。高﨑氏は「うちはマーケティングのDX(デジタル化による変革)を行うコンサルティング会社だ。かといって、テクノロジーの変化だけ追っていればいいわけではない。組織の文化や土壌についての洞察が不可欠で、そのためにこのワーキンググループに参加した」と述べる。

アミタはサステナビリティ向上を目指す企業へのコンサルティングを手がけている。宮原氏はその社長だ。「目下、社員一人ひとりの自己組織化を模索している。その一環として、KPI(重要業績評価指標)ではなく、プロセス評価に重点をおいたOKR(Objectives and Key Results:目標と主要な成果)という目標管理フレームワークを導入している。この会を通じ、アミタ流の方法論をよりブラッシュアップさせていきたい」
このワーキンググループの会合は2025年9月以来、これまでに2度開催されている。続いて、奥本氏が今後のワーキンググループの今後の可能性について各自に問うた。最初に宮原氏が話す。「社員の時は部下に失敗してもいいと言ってきたものの、いざ社長になってみると、決して失敗はできない。でもワーキンググループの場は失敗してもいい場だ。そこでのアウトプットを社に持ち帰り、実践してみる。その実践例を再び持ち込む。それを繰り返すことで、自社だけではなく、世の中が変わっていくことを願う」
高﨑氏は「まだよくわからない」と素直な感想を漏らした。「僕の仕事はCFOなので、資本の論理に向き合わざるを得ないが、このメンバーと一緒に向かい合って考えていきたい。日本は森の文化、西洋は砂漠の文化、という第二回ワーキンググループの話がとても面白かった。その砂漠の文化を森の文化で包含し、花を咲かせたり、木々を生やしたりしたい」
「さまざまな意味を見出していく取り組みの場になりそうだ」と水谷氏はいう。そして、会社の書棚で手に取った、著者・野中郁次郎、竹内弘高、両名の直筆サインが書かれた『知識創造企業』を取り出した。AIDA理論の基盤となる本である。水谷氏いわく、映画「スターウォーズ」における象徴的な武器、ライトセーバーを授かった気分だという。
松本氏はこう話した。「とても楽しい場だ。企業の規模も業種も歴史も違うが、同じような悩みを抱えていること、熱い志を持っていること、それが参加者の共通点だ。今の企業には失敗してもいい稽古場が足りない。ワーキンググループがそういう場になればいい」

コンソーシアム自体を
「移ろう」存在に
2時間強のプログラムの最後、みたび、安藤昭子氏が登壇し、閉会の辞(Final Address)を述べた。登壇者および聴衆に礼を述べ、こう話した。「皆で立ち向かわないと突破不可能な難しい課題に取り組んでいることを改めて実感した。今後ともぜひ力を貸してほしい」。会場のビジュアルは「utsuroi(移ろい)」と名付けられたAIDAコンソーシアム独自のコンセプトで統一されており、そのデザインはAIDAフェローの穂積晴明氏が考案したものだという。「このコンソーシアム自体が移ろい、変化していく存在でありたい」という安藤氏の言葉でシンポジウムが締め括られた。

その後が第二部の懇親会となった。同じ会場で飲み物と食べ物の台が設けられ、登壇者、聴衆入り混じり、十二社の夜が更けていく中、歓談の声がしばし続いた。