コラム2026.05.11
AIDA理論の現在地|野中理論を腹に落とす
2026年3月28日、 第3回AIDAワーキング・グループ「価値を創発し続ける経営」 が開催され、AIDAフェローである川田弓子さんが講義を担当しました。モデレータをつとめた奥本英宏が、議論が深まりつつあるAIDA理論の現在地について語ります。
株式会社カプタワークス代表取締役社長
株式会社インディードリクルートパートナーズ
リクルートワークス研究所アドバイザー
野中氏本人による迫真のビデオ映像
― 昨年11月、本年1月、そしてこの3月と、今年度のワーキング・グループが終わりました。これまでを振り返っていただけますか。
[奥本英宏(以下、奥本)] 来年度、つまりこの5月から始まるAIDA理論づくりの基礎固めをする全3回でした。第1回目は「『変化として、生きる』ための知性」と題し、変化が常態となったこの時代に生きる時代認識を共有しました。第2回目は、松岡正剛さんの方法論と企業の存在論について討議した「日本の編集力とコーポレートオントロジー」というセッションでした。第3回目となる今回は、動的な価値創造モデルである野中郁次郎先生の組織的知識創造論(SECI【セキ】モデル)をテーマとした「価値を創発し続ける経営」でした。
まず前半、その野中理論について、一般社団法人野中郁次郎研究所CRO、昭和女子大学グローバルビジネス学部教授でAIDAフェローの川田弓子さんによる解説があり、その後、昨年1月に亡くなられた野中先生ご本人によるビデオ映像が続きました。
― ビデオ映像は逝去2カ月前に録画された胸に迫るものでした。
[奥本] 貴重な映像でしたね。分析過剰、計画過剰、コンプライアンス過剰といった日本企業が陥っている“三つの過剰”の話から始まり、氷山モデルにたとえられる暗黙知と形式知の本質的意味、暗黙知と形式知が相互作用しながらスパイラルに価値を生成、増幅していく、共同化・表出化・連結化・内面化というSECIモデルの4フェーズの解説、共通善、相互主観性、自律分散系といったSECIモデルを成立させる3つの基盤といった内容でした。
― 具体的にはどのような内容でしょうか。
[奥本] 昨今の職場では知識創造理論でいう暗黙知を皆で共有し、新たな知を生み出すための対話や交流が難しくなっている状況が共有されました。その背景には、若い世代の意識の変化、対話や交流を行うための時間的ゆとりの喪失、はたまた、物事の意味を問う本質的な議論の忌避といった、さまざまな要因があることも明らかになりました。それこそ、イノベーションが起きず、メンバーのモチベーションも上がらない、多くの日本企業が直面している課題の根っ子にあるものではないかと思います。

川田弓子さんによるKey Noteセッション1:野中理論とは
本質的議論に必要な3項目
― 暗澹たる気分になったということでしょうか。
[奥本] いや、そうでもないんです。というのも、皆さんとの議論を行うなかで、解決の兆しも見えてきたからです。
一つには問いの重要性です。問いの設定いかんで、いくらでも本質的なテーマが議論できると感じました。今回のセッションではメンバーが一対一のペアになり、自分が大切にしている「パーパスについて」というお題で対話をしてもらいました。10分間で区切りましたが、短時間でありながら、とても深い対話がなされていました。
― まったくその通りで、私も対話に参加させてもらいましたが、普段なら口にしないことまで話していました。
[奥本] 本質的な対話というものは、場と相互の関係性が整っていれば10分でも可能なのです。逆にいえば、今の企業内の多くの対話は問いの力や職場の関係性が弱くなっている。価値の創造を巡る対話よりも、経済性や効率性、リスクヘッジなどを目的とした会話が多くなりがちということなのかもしれません。
二つ目に「これだ」と思ったのは、ゲストとして来られていたエーザイで知識創造活動を統括している高山千弘さんのお話です。
エーザイでは社員が患者の元に赴き、喜怒哀楽、つまり暗黙知を共有することが全社的に業務時間に組み込まれているそうです。「対話しようよ」と呼びかけるのではなく、思わず対話したくなるような、現場体験、顧客との共体験のほうが重要だと気づかされました。専門分化が進み、プロセスがきれいに整地され、顧客からクレームが来たとしても、カスタマーセンターやチャットボットが対応するようになると、仕事のリアリティが失われてしまうんです。組織が大きくなれば、顧客や現場からの距離が遠くなる部署や社員が増えるのは当然ですが、新たな価値を生み出すという意味で、現場や顧客の情報に触れて情感が刺激され、社員が思わず語りたくなる機会をうまく設計していくことが非常に重要であることに気づかされました。
三つ目は川田さんのお話にヒントがありました。野中先生が現場・現実・現物の時空間の只中で感じた違和感や異質性を素直に表明することを大切にしていたと。同質性からは新しいものは生まれない、組織内外の異質な意見や見解がぶつかり合うことで、場の相互作用のなかで、組織が大切にしている本質的な価値が再発見されたり、「こうとしかいえない」というような新しく「跳ぶ」発想が集合的に直観されたりするということです。
― AIDAリードフェローで、編集工学研究所代表取締役の安藤昭子さんが、数学者の津田一郎さんの言葉を引きながら、ノーベル物理学賞受賞者の湯川秀樹が原子力委員会委員を辞任した意味のエピソードを話していました。基礎研究を重視し、原発の建設はじっくり進めるべきだと主張した湯川が、海外技術の導入による早期の建設を推し進める委員の威圧的な発言に嫌気がさして辞任した。これにより、原子力委員会において原理原則を問い続ける機能が喪失してしまったと。
[奥本] 同じことですね。原発建設における科学的かつ専門的な知見が失われたことよりも、問題の本質を問うプロセスが失われたことが原子力委員会にとって大きかったということだと思うんです。
つまり、問いを工夫すること、現場体験や顧客との共体験を重視すること、違和感や異質性を素直に表明すること、この3つができさえすれば、日本企業でもメンバー同士の真摯な対話がもっと盛んになる可能性があるということです。

ゲスト:エーザイ知創部の高山千弘さん
知識創造とナレッジマネジメントは異なる
― 前半の最後、自律分散系の話のなかで、野中先生が唱えたミドルアップダウンの話が出てきました。ボトムアップでも、トップダウンでもない、ミドルが主役になる日本企業独特の経営手法です。
[奥本] そうですね。以前は、市場の動きが早くなったり組織がフラット化したりして、ミドルという役割は早晩要らなくなると言われたものですが、そうはならず、昨今、むしろミドルの重要性は増しています。
川田さんの話で面白かったのは、ミドルアップダウンのミドルとはミドルマネジャーのことではなく「中間者」としての役割を指していて、社長であれ役員であれ、ミドルアップダウンの当事者となることはあり得ると。たとえば、株主総会において、投資家に向かって業績説明をするときの社長はまさにミドルの役割を果たしているわけです。
つまり、トップやミドルだというのは絶対的なものではなく、他との関連性で決まるということだと思います。第2回目のテーマのコーポレートオントロジーがまさにそうで、それこそ、ほかとの関係性の網目の中で自社を見直していくという考え方です。他者との関係性の中で自らの機能を発揮していくことの重要性を改めて認識しました。社長であれ役員であれ社員であれ、すべてのビジネスパーソンはミドルアップダウンを繰り返しながら、相互作用し続ける関係性の流れのなかで、未来に向かって意味や価値を創造する存在、と見なしてみるのも面白いと思いました。
― その流れの中で、川田さんが知識創造とナレッジマネジメントの違いについて言及していました。
[奥本] ナレッジマネジメントは意味や知識をマネジメントし、使いやすくすることだけれども、それをやるとナレッジが固定してしまう。そうではなく、知識創造で大切なのは、新しい意味や価値を創造するプロセスをマネジメントすることだと川田さんが話してくれました。つまり、プロセスを固定したものと考えずに、常に試行錯誤しながらそれをつくり変えていかなければならないんです。
― ここも松岡さんの編集工学につながりますね。
[奥本] はい。知識や情報は常に仮止めであり、固定化せず常に動かすものだ、というのが松岡さんの口癖でした。一旦組み上がって制度や仕組みになったものに対し、日本人は悪い癖があり、ひたすら精緻化、徹底化してしまう。もしかしたら、それが今の日本企業の息苦しさの元凶になっているのかもしれません。一旦決めたものでも、それでよしとせず、動かし続ける、改善し続ける、余白をつくり続けることが重要、ということだと思います。

ペアワークでの対話
野中氏いわく「経営は生き方だ」
― 後半は野中先生の略歴と研究成果としての著作を川田さんから紹介していただきました。
[奥本] そのうち、あるメンバーが発した「野中理論は、野中郁次郎が日本人であるということと密接な関係があったのか、なかったのか」という川田さんあての質問が印象深かったです。川田さんの答えは「あったと思う、そして同時に人間の理論としての普遍化も目指した」ということでした。やはり日本人は暗黙知のような目に見えないもの、曖昧なもの大切にし、そこから価値を生み出すことに長けているのは間違いありません。そこを改めて整理し、経営の実践に織り込んでいくことで、日本ならではの価値創造のモデルとして世界でも通用するAIDA理論をつくり上げたいと思いました。
― 「知識創造理論は昭和っぽくて安心する」という意見も出ていました。
[奥本] 知識創造理論は価値創造の経営論です。価値を創造するには一定の意志や熱量といったエネルギーが不可欠です。創造性を取り戻すためには、皆の心に火をつけたり、組織の熱量を上げたりして、しかるべきエネルギーをつくり出さなければなりません。野中先生は人が働くことに対し、非常にポジティブなイメージを持っていた。若い世代のなかの、できるだけ楽に働き、お金を得られればいいと感じている人たちは違和感を抱くかもしれません。そういう意味では、野中理論は太陽で、弱さや儚さを重視した松岡さんの編集工学は月といえるかもしれない、という参加者の声があり、なるほどと思いました。われわれが生きて行くためにはどちらも必要です。
野中先生は「経営は生き方だ」と喝破していました。トップからミドル、ボトムまで、個々のメンバーが全存在をかけて取り組んでいることが経営には自然に沁み出してくるものだ、という意味だと思います。
そこには不合理や不条理、感性や情緒が大いに関係してくる。合理だけではとらえきれない、それらを備えた個人をどう受容し、価値や意味の創造につなげていくか。多様な個人を受け止める口を広くしていく必要があると思います。
今後の予定ですが、今年度はまさにAIDA理論の構築に取り掛かっていきます。初回となる5月にはAIDA理論の概要を発表し、それに対する議論を深めていきます。それに向け、私もメンバーの一人となっているAIDA理論の研究部会では理論づくりの最終作業を急ピッチで進めているところです。

分科会でのAIDA理論研究
幅広い分野で使える、意味や価値を創発する理論
― そのさわりを教えてもらえますか。
[奥本] これから開発されていくAIDA理論は、見立て、兆し、物語という3つのキーワードをもとに、松岡さんの編集工学的な方法を野中先生のSECIモデルにつなげ得る、価値創発の仕組みになっていくと思います。暗黙知の表出を促す方法や、知を連結する多様な方法によって、SECIモデルの効果をより高めていくことができると考えています。
SECIモデル同様に、AIDA理論も幅広い分野で使える、意味や価値を創発する理論にしていきたいと思います。組織の運営やサービス開発、組織開発、個人のキャリア構築など、さまざまな場面で活用できる理論を目指します。そのAIDA理論のお披露目となる次回のAIDAワーキング・グループを5月末に行いたいと思います。