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コラム2026.07.19

AIDA理論の現在地|AIDA理論の骨法を縦横斜めから検討する

2026年5月30日、26年度第1回めのAIDAワーキング・グループ「AIDA理論検討会」が開催され、AIDAリードフェローの安藤昭子とAIDAフェローの穂積晴明が登壇しました。モデレータをつとめた奥本英宏が、議論が深まりつつあるAIDA理論の現在地について語ります。 

奥本英宏

奥本英宏
一般社団法人AIDAコンソーシアム理事・AIDAフェロー
株式会社カプタワークス代表取締役社長
株式会社インディードリクルートパートナーズ
リクルートワークス研究所アドバイザー
リクルートマネジメントソリューションズ社長、リクルートワークス研究所所長、リクルート専門役員を歴任。企業の人事・雇用・労働市場に関する事業や研究に長年携わってきた、人と組織の専門家。松岡正剛氏が立ち上げたISIS編集学校の講師としても活躍している。「個をあるがままに生かす」をライフテーマにAIDAコンソーシアムに参画。

「AIDA理論の骨法 ver.0.5」のお披露目

― 4回目のワーキング・グループは、2026年度初めての会となりました。

[奥本英宏(以下、奥本)] 2025年度は松岡正剛さんの編集工学と、そこから派生する日本的方法論、そして野中郁次郎先生の知識創造理論の理解を進めてきました。今回は、それらを統合したAIDA理論をつくるための最初の回でした。
 議論のたたき台となったのは、AIDAリードフェローの安藤昭子さんが発表した「AIDA理論の骨法 ver.0.5」(以下、骨法)でした。AIDA理論の動かし方と、それにまつわる考え方をまとめたものです。ver.0.5ですから、まだ1.0の標準版にもなっていないわけですが、ワーキング・グループフェローと共同で仕上げていくために、あえて構築段階の理論を持ち込ませていただくことにしました。

― 最初に、AIDA理論開発の背景について議論しました。

[奥本] 「意味喪失社会」から「意味創発社会」への転換、ということですね。このアイデアの大元は、ドイツの哲学者、ノルベルト・ボルツの著作『意味に飢える社会』なんです。
 合理主義や機能主義、個人主義、そしてテクノロジーの台頭により、現代社会は「意味喪失社会」になっている。それに対し、新たな意味を生み出す社会や組織、そして個人をどうつくっていくか。それを支援するのがAIDA理論というわけです。

AIDA理論の骨法についての発表

AIはシンギュラリティを起こせない

― その「意味の創発」を巡って、昨今のAI(人工知能)に関する議論が刺激的でした。

[奥本] AIに詳しいワーキング・グループのフェローが、AI分野における世界トップレベルの国際会議KDD(Knowledge Discovery and Data Mining)で大きな話題になった「AIはシンギュラリティ(人間の知性を超える技術的特異点)を起こせない」という言葉を紹介してくれました。現在のAIは、膨大な過去のデータに関する統計上の規則性やパターンを学習して答えを出します。そのため「平均的な答え」に収束しやすく、既存の枠組みを超えるようなパラダイムシフトを起こすことは困難というわけです。
 むしろ注目されているのは、AIにおけるコンテクスト・エンジニアリングだそうです。日本語にすると「文脈工学」でしょうか。文脈には、物事の関係性という「意味」が必ず絡んできます。AIを進化させるには、人間がコンテクストという意味を投げ込む必要があります。
 もうひとつ、ATD(Association for Talent Development)という世界最大の人材開発会議に出席したフェローが、生成AIのChatGPTを開発したOpenAIの元幹部であるザック・カスのキーノートスピーチの内容を紹介してくれました。それによると、カスいわく、「意味を創出させるためにChatGPTを開発したが、いつの間にか意味喪失を助長するようになってしまった」と。
 この2つのエピソードから、「意味喪失社会」から「意味創発社会」への転換というテーマが、非常に時節を得たものであることを改めて実感しました。

AIDAワーキング・グループでの議論

意味創発の主体は企業だけではない

― 自社内の意味喪失現象に、各フェローが相当な危機感を持っていることもわかりました。

[奥本] それと同時に、提示したAIDAモデルを超えていくような問題意識も共有することができました。今回の議論では、意味創発の枠組みを企業に限定したわけですが、地域、家族、学校、SNSコミュニティにも広げられるのではないか、という意見が出て、なるほどと思いました。

― この図を平面ではなく、立体で捉えるようにすると面白い、という声もありました。

[奥本] はい。意味の捉え方に対する意見も、傾聴するべきものがありました。意味というものを、固定したものではなく、もっと動的に捉えたほうがいいと。私たちが射程とすべきなのは、意味そのものというよりは、意味をつくり出す力や活動であるというわけです。

 

「兆し」に接近するための3つの手法

― 議論百出する中で、ディスカッションは意味創発条件としての「兆し・見立て・物語」という循環回路の話に移っていきました。

[奥本] 最初の「兆し」とは、言語化されてはいないけれども、何かを告げる初期の振動であり、暗黙知に触れる端緒であると骨法にはあります。その兆しに接近するための手立てに関し、安藤さんから、次の三つの手法が提示されました。

  その1 文化的リソース:日本的知性の活用
  その2 動的環境からのリソース:偶然性のアプローチ
  その3 内部リソース:個のセンサーの起動

 活発な議論の中、動的なものや曖昧なものをうまく捉えることができる日本的知性の可能性を大きく感じました。「間(ま)」の概念がその代表格です。ここは掘り下げる価値が大いにあり、今後、ワーキング・グループ内で大きな焦点となる予感がします。
 偶然性に関しては、今回、「やってくる偶然」と「迎えに行く偶然」の2種類を示したことが画期的だったと思います。企業経営においては、偶然や想定外は排除される傾向にありますが、逆にいえば、そうした不安定な局面に大きなチャンスが転がっているのも事実です。物事に対する構えや捉え方を工夫すれば、偶然をよき機会に転換するのも難しくはないでしょう。

兆し・見立て・物語を巡るディスカッション

― 松岡さんのいう編集工学は、「迎えに行く偶然」をメソッド化したものでもあるわけですね。 

[奥本] 偶発性と編集は相性がいいんです。松岡さんの方法論は「やってくる偶然」も含め、偶然性のアプローチにかなり使えるのではないかと思います。それを単なる編集技法ではなく、企業経営に役立つ汎用性や再現性を備えたものに、どう改編できるか。結構、チャレンジングな試みになると思います。
 「やってくる偶然」を受け止めるための構えの一つとして、骨法には「保留・仮留め状態に慣れる」とあります。私の実感ですが、会議の中でメンバーに意見を求めるとき、上司が「仮のものでいいから、出してみては」と言葉をかけると、逆にいい意見が出てくるケースが多い。正しいことを言わなくてはならない、一所懸命考えた末での結論を出さなければ、と意識した途端、思考のブレのようなものが排除されてしまう。でも、そのブレの中にこそ、面白さや新しさが胚胎しているんです。そういった「よき余剰」を活かすという意味では、仮留めという作法はとても有益で、思考が柔らかくなります。
 私は、リクルートの創業メンバーの一人で、心理学を経営に持ち込んだ経営者として有名な大沢武志さんに直接師事し、影響を受けました。その大沢さんが、揺らぎや多様性の大切さを力説していました。大沢さんは、偶然性へのアプローチを意識していた稀有な経営者だったと思います。

 

マイナスの感情も大切にするべき

― その大沢さんと野中先生が、経営における揺らぎの大切さについて雑誌で対談していました。

[奥本] 私も読みました。そういう意味では、大沢さんの経営論もAIDA理論に含まれているというべきかもしれません。
 さて、兆しをつかまえる3つ目の手法が、内部リソースの活用、つまり「個のセンサーの起動」です。これに関しては、メンバーから「楽しさやワクワク感だけではなく、違和感や嫌悪感、葛藤といったマイナスの感情から発するセンサーも大切にするべきだ」という意見があり、私もその通りだと思いました。経営学の世界では「シビアな修羅場体験がリーダーを育てる」という理論があります。リーダーシップ論の大家、モーガン・マッコールによる名著『ハイ・フライヤー:次世代リーダーの育成法』がその代表です。修羅場においては負のセンサーが大いに働くはずで、それらも取り込んでいく必要があると思いました。
 組織はマイナスを嫌い、辛さ、苦しさ、悲しさ、弱さを排除しようとします。でも、そういったマイナスの部分も改めて組織で共有したり、受け入れたりする土壌をつくると、個人も楽になり、組織の知も活性化するはずです。
 大沢さんも、「人を生かす経営」というとヒューマニズム系のファンタジー的なものを連想するかもしれないけれど、人間のドロドロした感情や不可解な思考にきちんと向き合うリアリズムが根本に来るべきだ、と言っていました。

参加者による対話

A as Bの経営とは

― さて、次はAIDA理論の肝となる意味創発条件の2つ目、「見立て」でした。この議論も盛り上がりました。兆しを、ある解釈の地平に仮置きする行為が見立てだと、骨法にはあります。

[奥本] 見立てという日本語は、「何々みたい」という投影、「何々かもしれない」という推量、「何々にふさわしい」という按配と、3つの意味を持っていると安藤さんが言いました。その中でも、投影の話が大いに盛り上がりました。禅寺における「石を山に見立てる」枯山水が典型ですが、英語でわかりやすく言うと、A as Bです。A or BとかA and Bという話は企業でも結構ありますが、AでありつつBでもある例はあまり見かけません。

― 野中先生のいう二項動態というのは、A and Bということだと思います。A as BとA and Bの違いはどこにあるのでしょうか。

[奥本] たとえば、A and Bは短期の施策に取り掛かりつつ、長期も意識することだと思います。それに対してA as Bは、短期の取り組みの中に長期の芽も見出す、つまり、短期の取り組みの中に長期も入っているという話だと思うんです。SDGs(持続可能な開発目標)を含め、今の経営には、さまざまな課題を同時に解決することが求められています。その場合、AもBもCもDもすべて、となると、企業も個人も疲弊してしまう。そうした中、各課題の多様な意味をひも解いて共通項を見つけたり、一石二鳥どころか一石三鳥が実現するような方策を探ったりすることが、A as Bの経営ではないかと思います。

― 安藤さんが話した「焼き鳥」の話が面白かったです。アスリートの為末大さんが、速く走る方法について、「自分が串に刺された焼き鳥になったイメージで走ってごらん」とアドバイスしたところ、腕や足の使い方など、個別の説明を尽くしてもさして変わらなかった人たちが、突然、速くなったと。

[奥本] まさに見立てのパワーだと思います。企業においては、特にホワイトカラーの場合、こうした見立ての言語化と活用は難しいのですが、「A as Bを考えてみよう」と呼びかける形でいいですから、もっと使っていきたいですね。

A as Bの見立てについての議論

企業はもっと自己像を語るべきだ

[奥本] 安藤さんが最後に報告したのが、「兆し・見立て・物語」の3つ目にあたる物語です。現時点ではまだまだ中身としては練れていないと安藤さんが言っていましたが、それを差し引いても、すごく重要な議論ができたと思っています。見立てが複数の人の間で交換され、試され、つなぎ合わされて、組織全体の意味の地平になったもの、それが物語だと骨法にはあります。
 安藤さんたちの編集工学研究所では、世界のあらゆる物語を点検し、英雄伝説をはじめ、人間の感情が動きやすい物語の型を十数種類、整理しているそうで、これからの理論の拡張範囲にもなっていくところです。
 当日オブザーブをしていたAIDAコンソーシアム理事の住田孝之さんは、元経済産業省の官僚で、統合報告書の枠組みをつくった人です。ディスカッションの中、その住田さんに「現状の統合報告書の弱い部分はどこですか」と伺ったところ、「自分たちは何者かという自己像が語り切れていない。コーポレート・オントロジー(存在論的組織観)が不足している」という答えが返ってきました。日本企業においては、物語的要素がまだ不足していることを強く感じました。

― 野中先生は、企業の戦略も結局は物語だと言っていました。物語をきちんと構成できれば、それが戦略にもなるということです。

[奥本] 企業もそこを鍛えてきていると思います。市場を分析したところ、ある事業機会が見つかった。それに対し、こんな製品を用意し、こんな営業をかけ……といった一般的戦略を語っても、それは取り組みの説明に過ぎず、投資家や社員、あるいは消費者や社会が納得する物語ではありません。企業が紡ぎ出す戦略には、個別の施策をつなぎ合わせた説明を超えた世界観が表現されていなければなりません。まさに、ストーリーとしての戦略が必要だというわけです。

安藤昭子と穂積晴明による発表

デザイナーでもある研究者に期待

― 今回は安藤さんとともに、編集工学研究所主任研究員であり、デザイナーでもあるAIDAフェローの穂積晴明さんが登壇し、骨法について説明しました。

[奥本] 穂積さんは、AIDA理論のたたき台である骨法を安藤さんと一緒につくっているんです。松岡さんが頼りにしていた秘蔵っ子的存在で、「デザイナーでもある研究者」という稀有な立ち位置にいます。AIDA理論構築にあたっては、「複雑さを経営に生かす」というスローガンを掲げており、その際に大きな力を発揮するのがデザイン力なんです。もともと日本的方法論というのは言語化が難しい。デザインやアートによる翻訳が必要になる所以であり、穂積さんの活躍が楽しみです。

― 今後の予定について教えてください。

[奥本] 6月中に中間オンラインミーティングを開催し、自社内における「兆し・見立て・物語」にあてはまるような事例を共有し合います。続いて、7月に行われる第5回では、キワ、ムスビ、カブクといった、われわれがジャパン・コンセプトと呼ぶ日本的方法論を深める議論を行いたいと思います。9月には外部のゲストもお呼びしたうえで、AIDA理論のお披露目を行い、中身について皆で語り合うラウンドテーブルを開催したいと思っています。

  

文:荻野進介
文筆家。一橋大学法学部卒業。PR会社、リクルートを経て独立。野中郁次郎との共著『史上最大の決断 ノルマンディー上陸作戦を成功に導いた賢慮のリーダーシップ』(ダイヤモンド社)、『水を光に変えた男 動く経営者 福沢桃介』(日本経済新聞出版)。今年9月、『野中郁次郎回顧録(仮題)』(共著、東洋経済新報社)を上梓予定。

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