2026年7月25日、 第5回AIDAワーキング・グループ「AIDA理論ワーク『兆し・見立て』」 が開催され、AIDAリードフェローの安藤昭子と同フェローの穂積晴明が登壇しました。モデレータをつとめた奥本英宏が、議論が深まりつつあるAIDA理論の現在地について語ります。
株式会社カプタワークス代表取締役社長
株式会社インディードリクルートパートナーズ
リクルートワークス研究所アドバイザー
理論を実践し、その材料をもとに理論を磨き上げる
― 今年度2回目のワークショプとなりました。
[奥本英宏(以下、奥本)] 今年度はAIDA理論を具体的に活用してみることを目的に掲げています。AIDA理論の概要の共有を行った前回に続き、今回は兆し、見立て、物語というAIDA回路を構成する3つの要素のうち、前の2つ、兆しと見立てについて、具体的な事業の課題をめぐって理論を深めていきました。
冒頭で、「AIDA理論と現実的課題の接地面をめぐる体感的な議論をしていきたい」と強調しました。この理論は、床の間に飾っておくようなものではなく、あくまで現場で使うべきものです。皆さんの職場における課題に対し、AIDA理論を当てはめたとき、課題解決の道筋や新たなものの見方がどう生まれてくるかを議論し、発想し合いながら、理論のブラッシュアップにつなげるというプロセスが生まれたら、と考え、今回の内容を仕立てました。
― まず理論があり、それを現場の実践知で揉んで、その理論を磨き上げると。新しい学びのスタイルですね。
[奥本] そうですね。AIDAコンソーシアムとして、研究チームが作り上げた内容でよしとするのではなく、ワーキング・グループのメンバーに事業や現場のマネジメントの知見を持ち込んでもらいながら理論を作ることを大切にしてきました。皆さん、それをよく理解し、前向きに取り組んでくれました。
ただ、AIDA理論は日本的方法をベースにしており、それは日常的な物事のプロセスや感性に埋め込まれている方法も多く、その自覚と実践が難しい。そういう中で、物事の見方が変化したり、不可視のものが可視化されるようになったりといった“驚き”をどれだけ生み出すことができるかがこの理論の価値だと思います。今回のワーキング・グループでは、皆さんの発想や想像力の広がり、飛躍が随所で見られ、改めて、この理論の価値を実感しました。
kiwaを通じて「兆し」にアクセスする
― 兆しについて、2つのワークショップが実施されました。まずは日本的方法論のひとつ、kiwa(キワ)を考えることで、兆しにアクセスしてみようというものでした。会員企業の1つであるA社の「合併後の新会社における匠制度(高度専門技能者制度)のあり方」について、「kiwaを探り、kiwaを動かすことで、どのような発見があるかを考える」というテーマで、3つのグループに分かれ、議論してもらいました。
[奥本] 内と外を分断しない、日本独特のフレーム感覚がこのkiwaです。間際、手際、往生際など様々なkiwaがあります。今回のテーマの抽象度を上げて考えると、企業に蓄積された暗黙的知識や属人的技能をどのように継承し、組織に広げていくかという議論だと思います。通常でいえば、専門職制度を作り、該当者を認定して終わり、となりがちですが、そういう人材や制度をkiwaと捉えると、新しい発想が生まれるというのがポイントになると思いました。
今回、このkiwaを使ったのは、経営者の人たちと話していると、kiwaの概念に興味を持たれている方が非常に多いからです。エッジのようなものを社内でどう作り出し、動かしていくかということに大きな可能性を感じているのでしょう。
― ワークショップではどんな回答が印象に残りましたか。
[奥本] 技術だけではなく、文化や作法を色で表現し、現在の会社を赤、統合する先を青として、kiwaの色の重ね合わせを発想したグループがありました。それらを重ね合わせていくと融合が起き、紫色の「匠」も生まれてくるはずだと。それに合わせて、AIDAフェローの穂積晴明さんが、可視光の限界である紫外線や赤外線の色が人間にとって特別な刺激として感じられることに触れた議論も新鮮でした。
「匠か、匠でないか」という境界線そのものがどこにあるのかが、そもそも曖昧なのではないかという問いを出発点にしたグループもありました。境目は一つではなく、複数の境目が同時に存在し得るのではないか、自組織だけの課題に閉じず、他組織のなかにある「匠」に相当する存在と共鳴し合う視点があってもよい、という議論もあり、なるほどと思いました。
西洋的な合理的知性、分析的知性のもとでは、「匠とは何ぞや」という分析から始まり、その要件や要素を詳細化して詰めていく議論が一般的です。今回はそこにkiwaという日本的なフレームを入れたことで、分析よりは包含、固定ではなく動かすという、発想が広がる形で匠というものを考えることができ、日本的方法論の大きな可能性を感じました。
― AIDAリードフェローの安藤昭子さんも興味深いコメントをしていました。
[奥本] そうですね。某アメリカAI企業の基礎研究者の談として、「現行の大規模言語モデルの研究は限界に来ている」という話を始めた。テクノロジー は0と1から成る世界です。その0か1かという世界を超えるモデルはどこにあるのか、という話題になり、行き着いた答えが「グレーゾーン」。量子論の世界では観測者によって量子の挙動が変わってきます。観測されるまで動きが確定しないというグレーゾーンの方法論が、テクノロジーの先端を走る、これからのAIをめぐる状況においても必要になってくる。そのヒントは曖昧性の扱いに長けた日本にあるのではないか、というのがその研究者の見解だったそうです。
ものごとの意味を動かし、「兆し」をつかむ
― 日本の曖昧性は悪い意味で語られることが多いものですが、逆にそれがこれからの強みになる。日本人にとって勇気をもらう発言ですね。兆しをつかまえる方法を学ぶ、もう一つのワークショップが「情報の地と図を見極める」というものでした。
[奥本] 「地」とは情報の地模様のことで、「図」は情報の図柄のことです。その組み合わせを変えることで、意味やイメージをダイナミックに動かすことができるのです。
たとえば、マグカップというものを考えます。これを有田町という地に置けば、産品という図になり、倉庫という地に置けば、在庫という図になりますし、ゴミ捨て場という地に置けば、燃えないゴミという図になるというわけです。情報と情報が出合って新しい意味を生み出すという偶発的な知の創発を念頭においたワークショップといえます。
― 実際のワークショップでは、それに倣って、会員企業B社が抱える課題「平時変革」を取り上げました。「リソースが豊富で、目の前の業績が好調であるがゆえに、平時の変革がおろそかになりがち」という課題を、図と地をずらして考えてみるという内容で、3グループに分かれて討議されました。
[奥本] 「平時変革」の地に「お客様視点」という言葉を入れると、「一緒に実験してくれるパートナー」という図が浮かび上がってくるというアイデアが面白かった。変革というと、自分たちが主語になり、新しい動きを自ら作り出すという視点になりがちですが、地をずらして、お客様視点にすると、変革の意味がまったく変わります。自分という主語が消えるので、より多様な立場の、それこそバラエティ豊かな変革を志向できるというわけです。
地に「言葉を変える」と置く、という意見も印象に残っています。結果、「平時変革」という言葉が「模様替え」に変わるということでした。さらに発想を飛ばして、地を企業でなく自分に置き換えると「続かないダイエット」になるというコメントは思わず笑いましたが、対策として伴走者としてのパーソナルトレーナーを入れるなど、企業活動のヒントも見えてきます。
― 後半のプログラムは「見立て」についてです。
[奥本] 「見立て」とは、違うモデルを借り世界を豊かに捉え直す方法で、それには、投影(何々みたい)、推量(何々かもしれない)、按配(何々にふさわしい)という3つのベクトルがあることを明らかにしたうえで、「対象と対象の関係の写像を動かす」という意味を持つ投影に関してワークショップを行いました。
穂積さんが作成した「茶室のエネルギー遷移モデル」が題材でした。「関係性のなかで創発する学び」をこのモデルで見立てたら、どのような発見があるのかを3つのグループに分かれ、議論してもらいました。
[奥本] 今回はたまたま茶室でしたが、歌舞伎や相撲といった伝統芸能にも日本的システムが埋め込まれてますし、モノを見立ての材料に使ってみるのも面白いと思います。逆に、日本以外の国の文化や仕組みを、見立ての材料にしてみるのもいいかもしれません。歴史を振り替えれば、中国の漢字を見立ての材料に使い、日本人は万葉仮名を作り出しました。日本は中国の文物を直輸入してそのまま使わなかったわけで、見立てをしながら独自のプロダクトやサービスをつくりだす文化が古来、息づいているのだと思います。
― 今回のワークショップで印象に残っている見立てがあったら教えてください。
[奥本] 図の中央にある一本の直線(炭→炉→釜→湯→茶碗→客という最短経路)が「工業化モデル」そのものではないか、という指摘がありました。お茶を単に飲みたい人にとっては直線だけで用が足りるが、実際の茶室では、煙や湯、音、花、掛物といった副次的な情報が豊かに存在している。今の消費者も機能だけではなく、意味も求めるようになってきている。直線的なサービスモデルに頼るのではなく、周辺の要素を充実させていくことが、これからの新しい価値提供につながるのではないかという整理に思わず唸りました。
新入社員を「お客(客)」に、教える自社商品の知識を「お茶」に見立てた発言も興味深かったです。現状の新入社員教育は、商品が何でできているか、どんな茶碗(容器)に入っているか、お湯はどうか、といった機能的な理解の説明に終始している。一方で、音や香りに相当する、体感を通じて商品の満足につながっていくはずの周辺要素の提供と理解がおざなりにされているのではないか、という見方です。学びのゴールを「商品を理解する」ではなく、「商品を体感する」に切り替える必要があるのではないか、という話で盛り上がりました。
全く異なる文化的背景を持つ外国人が茶室に入った場合、その体験の良否はコンテクスト(文脈)の共有状況に大きく左右されるという指摘もありました。その場合、東洋の禅を西洋風に解釈したマインドフルネスのように、きちんとした説明さえあれば、たとえ茶の知識がまったくない人でも、ごく自然に茶のシステムを見立てにつかっていくことができるだろうという意見があり、私もそう思いました。
このワークを実践してみて、日本的方法論の中でも、見立てというのは相当パワフルであることを改めて実感しました。一方で、この見立てのワークはその実践に慣れが必要です。当日も強調しましたが、見立ては稽古なんです。繰り返しやることで、習熟していくことができる。
海外でも通用する日本的方法論の普遍化
― AIDAコンソーシアム理事の住田孝之さんも「見立てはプロセスが大切であって、見立ての内容はどんどん変えていい」と言っていました。
[奥本] その住田さんは、「見立てに代表される日本的な方法論は日本人特有のセンスに拠るところが多く、それを世界に向けて事業展開をしていく際の強みやエンジンにしていけばいい」と言っていました。一方で、AIDAリードフェローの名和高司さんは「日本人だけが分かるものを作っても意味がない。グローバルで通用する普遍性の高いものに作り上げていくことが重要だ」と述べていました。AIDAコンソーシムでは、日本的な方法を言語化し、モデルにしようとしています。海外でも通用する日本的方法論の普遍化に取り組んでいるわけです。
ただ、そうやって抽出し、形式知化した方法論は日本人が世界の中で最もうまく使えるはずです。ということは、価値を創発する取り組みに対し、日本人が優位性を発揮できるということになるのではないかと思います。
― ドイツのあるデザイン会社では、日本語の「間(ま)」という概念はをドイツ語に翻訳しようがないから、そのまま「ma」として学んでいるという話が安藤さんから披露されました。
[奥本] そういう例が増えているようですから、われわれも急いで、日本的方法論をグローバルで通用するソフトに構築しないといけないですね。
次回は、今回と同じようなワークショップ形式で、物語と場について考えていきます。事前課題の中で、理念やビジョン浸透を挙げるメンバーが多く、特に物語の部分でそれについて触れたいと思います。
2026年5月30日、26年度第1回めのAIDAワーキング・グループ「AIDA理論検討会」が開催され、AIDAリードフェローの安藤昭子とAIDAフェローの穂積晴明が登壇しました。モデレータをつとめた奥本英宏が、議論が深まりつつあるAIDA理論の現在地について語ります。
株式会社カプタワークス代表取締役社長
株式会社インディードリクルートパートナーズ
リクルートワークス研究所アドバイザー
「AIDA理論の骨法 ver.0.5」のお披露目
― 4回目のワーキング・グループは、2026年度初めての会となりました。
[奥本英宏(以下、奥本)] 2025年度は松岡正剛さんの編集工学と、そこから派生する日本的方法論、そして野中郁次郎先生の知識創造理論の理解を進めてきました。今回は、それらを統合したAIDA理論をつくるための最初の回でした。
議論のたたき台となったのは、AIDAリードフェローの安藤昭子さんが発表した「AIDA理論の骨法 ver.0.5」(以下、骨法)でした。AIDA理論の動かし方と、それにまつわる考え方をまとめたものです。ver.0.5ですから、まだ1.0の標準版にもなっていないわけですが、ワーキング・グループフェローと共同で仕上げていくために、あえて構築段階の理論を持ち込ませていただくことにしました。
― 最初に、AIDA理論開発の背景について議論しました。
[奥本] 「意味喪失社会」から「意味創発社会」への転換、ということですね。このアイデアの大元は、ドイツの哲学者、ノルベルト・ボルツの著作『意味に飢える社会』なんです。
合理主義や機能主義、個人主義、そしてテクノロジーの台頭により、現代社会は「意味喪失社会」になっている。それに対し、新たな意味を生み出す社会や組織、そして個人をどうつくっていくか。それを支援するのがAIDA理論というわけです。
AIはシンギュラリティを起こせない
― その「意味の創発」を巡って、昨今のAI(人工知能)に関する議論が刺激的でした。
[奥本] AIに詳しいワーキング・グループのフェローが、AI分野における世界トップレベルの国際会議KDD(Knowledge Discovery and Data Mining)で大きな話題になった「AIはシンギュラリティ(人間の知性を超える技術的特異点)を起こせない」という言葉を紹介してくれました。現在のAIは、膨大な過去のデータに関する統計上の規則性やパターンを学習して答えを出します。そのため「平均的な答え」に収束しやすく、既存の枠組みを超えるようなパラダイムシフトを起こすことは困難というわけです。
むしろ注目されているのは、AIにおけるコンテクスト・エンジニアリングだそうです。日本語にすると「文脈工学」でしょうか。文脈には、物事の関係性という「意味」が必ず絡んできます。AIを進化させるには、人間がコンテクストという意味を投げ込む必要があります。
もうひとつ、ATD(Association for Talent Development)という世界最大の人材開発会議に出席したフェローが、生成AIのChatGPTを開発したOpenAIの元幹部であるザック・カスのキーノートスピーチの内容を紹介してくれました。それによると、カスいわく、「意味を創出させるためにChatGPTを開発したが、いつの間にか意味喪失を助長するようになってしまった」と。
この2つのエピソードから、「意味喪失社会」から「意味創発社会」への転換というテーマが、非常に時節を得たものであることを改めて実感しました。
意味創発の主体は企業だけではない
― 自社内の意味喪失現象に、各フェローが相当な危機感を持っていることもわかりました。
[奥本] それと同時に、提示したAIDAモデルを超えていくような問題意識も共有することができました。今回の議論では、意味創発の枠組みを企業に限定したわけですが、地域、家族、学校、SNSコミュニティにも広げられるのではないか、という意見が出て、なるほどと思いました。
― この図を平面ではなく、立体で捉えるようにすると面白い、という声もありました。
[奥本] はい。意味の捉え方に対する意見も、傾聴するべきものがありました。意味というものを、固定したものではなく、もっと動的に捉えたほうがいいと。私たちが射程とすべきなのは、意味そのものというよりは、意味をつくり出す力や活動であるというわけです。
「兆し」に接近するための3つの手法
― 議論百出する中で、ディスカッションは意味創発条件としての「兆し・見立て・物語」という循環回路の話に移っていきました。
[奥本] 最初の「兆し」とは、言語化されてはいないけれども、何かを告げる初期の振動であり、暗黙知に触れる端緒であると骨法にはあります。その兆しに接近するための手立てに関し、安藤さんから、次の三つの手法が提示されました。
その1 文化的リソース:日本的知性の活用
その2 動的環境からのリソース:偶然性のアプローチ
その3 内部リソース:個のセンサーの起動
活発な議論の中、動的なものや曖昧なものをうまく捉えることができる日本的知性の可能性を大きく感じました。「間(ま)」の概念がその代表格です。ここは掘り下げる価値が大いにあり、今後、ワーキング・グループ内で大きな焦点となる予感がします。
偶然性に関しては、今回、「やってくる偶然」と「迎えに行く偶然」の2種類を示したことが画期的だったと思います。企業経営においては、偶然や想定外は排除される傾向にありますが、逆にいえば、そうした不安定な局面に大きなチャンスが転がっているのも事実です。物事に対する構えや捉え方を工夫すれば、偶然をよき機会に転換するのも難しくはないでしょう。
― 松岡さんのいう編集工学は、「迎えに行く偶然」をメソッド化したものでもあるわけですね。
[奥本] 偶発性と編集は相性がいいんです。松岡さんの方法論は「やってくる偶然」も含め、偶然性のアプローチにかなり使えるのではないかと思います。それを単なる編集技法ではなく、企業経営に役立つ汎用性や再現性を備えたものに、どう改編できるか。結構、チャレンジングな試みになると思います。
「やってくる偶然」を受け止めるための構えの一つとして、骨法には「保留・仮留め状態に慣れる」とあります。私の実感ですが、会議の中でメンバーに意見を求めるとき、上司が「仮のものでいいから、出してみては」と言葉をかけると、逆にいい意見が出てくるケースが多い。正しいことを言わなくてはならない、一所懸命考えた末での結論を出さなければ、と意識した途端、思考のブレのようなものが排除されてしまう。でも、そのブレの中にこそ、面白さや新しさが胚胎しているんです。そういった「よき余剰」を活かすという意味では、仮留めという作法はとても有益で、思考が柔らかくなります。
私は、リクルートの創業メンバーの一人で、心理学を経営に持ち込んだ経営者として有名な大沢武志さんに直接師事し、影響を受けました。その大沢さんが、揺らぎや多様性の大切さを力説していました。大沢さんは、偶然性へのアプローチを意識していた稀有な経営者だったと思います。
マイナスの感情も大切にするべき
― その大沢さんと野中先生が、経営における揺らぎの大切さについて雑誌で対談していました。
[奥本] 私も読みました。そういう意味では、大沢さんの経営論もAIDA理論に含まれているというべきかもしれません。
さて、兆しをつかまえる3つ目の手法が、内部リソースの活用、つまり「個のセンサーの起動」です。これに関しては、メンバーから「楽しさやワクワク感だけではなく、違和感や嫌悪感、葛藤といったマイナスの感情から発するセンサーも大切にするべきだ」という意見があり、私もその通りだと思いました。経営学の世界では「シビアな修羅場体験がリーダーを育てる」という理論があります。リーダーシップ論の大家、モーガン・マッコールによる名著『ハイ・フライヤー:次世代リーダーの育成法』がその代表です。修羅場においては負のセンサーが大いに働くはずで、それらも取り込んでいく必要があると思いました。
組織はマイナスを嫌い、辛さ、苦しさ、悲しさ、弱さを排除しようとします。でも、そういったマイナスの部分も改めて組織で共有したり、受け入れたりする土壌をつくると、個人も楽になり、組織の知も活性化するはずです。
大沢さんも、「人を生かす経営」というとヒューマニズム系のファンタジー的なものを連想するかもしれないけれど、人間のドロドロした感情や不可解な思考にきちんと向き合うリアリズムが根本に来るべきだ、と言っていました。
A as Bの経営とは
― さて、次はAIDA理論の肝となる意味創発条件の2つ目、「見立て」でした。この議論も盛り上がりました。兆しを、ある解釈の地平に仮置きする行為が見立てだと、骨法にはあります。
[奥本] 見立てという日本語は、「何々みたい」という投影、「何々かもしれない」という推量、「何々にふさわしい」という按配と、3つの意味を持っていると安藤さんが言いました。その中でも、投影の話が大いに盛り上がりました。禅寺における「石を山に見立てる」枯山水が典型ですが、英語でわかりやすく言うと、A as Bです。A or BとかA and Bという話は企業でも結構ありますが、AでありつつBでもある例はあまり見かけません。
― 野中先生のいう二項動態というのは、A and Bということだと思います。A as BとA and Bの違いはどこにあるのでしょうか。
[奥本] たとえば、A and Bは短期の施策に取り掛かりつつ、長期も意識することだと思います。それに対してA as Bは、短期の取り組みの中に長期の芽も見出す、つまり、短期の取り組みの中に長期も入っているという話だと思うんです。SDGs(持続可能な開発目標)を含め、今の経営には、さまざまな課題を同時に解決することが求められています。その場合、AもBもCもDもすべて、となると、企業も個人も疲弊してしまう。そうした中、各課題の多様な意味をひも解いて共通項を見つけたり、一石二鳥どころか一石三鳥が実現するような方策を探ったりすることが、A as Bの経営ではないかと思います。
― 安藤さんが話した「焼き鳥」の話が面白かったです。アスリートの為末大さんが、速く走る方法について、「自分が串に刺された焼き鳥になったイメージで走ってごらん」とアドバイスしたところ、腕や足の使い方など、個別の説明を尽くしてもさして変わらなかった人たちが、突然、速くなったと。
[奥本] まさに見立てのパワーだと思います。企業においては、特にホワイトカラーの場合、こうした見立ての言語化と活用は難しいのですが、「A as Bを考えてみよう」と呼びかける形でいいですから、もっと使っていきたいですね。
企業はもっと自己像を語るべきだ
[奥本] 安藤さんが最後に報告したのが、「兆し・見立て・物語」の3つ目にあたる物語です。現時点ではまだまだ中身としては練れていないと安藤さんが言っていましたが、それを差し引いても、すごく重要な議論ができたと思っています。見立てが複数の人の間で交換され、試され、つなぎ合わされて、組織全体の意味の地平になったもの、それが物語だと骨法にはあります。
安藤さんたちの編集工学研究所では、世界のあらゆる物語を点検し、英雄伝説をはじめ、人間の感情が動きやすい物語の型を十数種類、整理しているそうで、これからの理論の拡張範囲にもなっていくところです。
当日オブザーブをしていたAIDAコンソーシアム理事の住田孝之さんは、元経済産業省の官僚で、統合報告書の枠組みをつくった人です。ディスカッションの中、その住田さんに「現状の統合報告書の弱い部分はどこですか」と伺ったところ、「自分たちは何者かという自己像が語り切れていない。コーポレート・オントロジー(存在論的組織観)が不足している」という答えが返ってきました。日本企業においては、物語的要素がまだ不足していることを強く感じました。
― 野中先生は、企業の戦略も結局は物語だと言っていました。物語をきちんと構成できれば、それが戦略にもなるということです。
[奥本] 企業もそこを鍛えてきていると思います。市場を分析したところ、ある事業機会が見つかった。それに対し、こんな製品を用意し、こんな営業をかけ……といった一般的戦略を語っても、それは取り組みの説明に過ぎず、投資家や社員、あるいは消費者や社会が納得する物語ではありません。企業が紡ぎ出す戦略には、個別の施策をつなぎ合わせた説明を超えた世界観が表現されていなければなりません。まさに、ストーリーとしての戦略が必要だというわけです。
デザイナーでもある研究者に期待
― 今回は安藤さんとともに、編集工学研究所主任研究員であり、デザイナーでもあるAIDAフェローの穂積晴明さんが登壇し、骨法について説明しました。
[奥本] 穂積さんは、AIDA理論のたたき台である骨法を安藤さんと一緒につくっているんです。松岡さんが頼りにしていた秘蔵っ子的存在で、「デザイナーでもある研究者」という稀有な立ち位置にいます。AIDA理論構築にあたっては、「複雑さを経営に生かす」というスローガンを掲げており、その際に大きな力を発揮するのがデザイン力なんです。もともと日本的方法論というのは言語化が難しい。デザインやアートによる翻訳が必要になる所以であり、穂積さんの活躍が楽しみです。
― 今後の予定について教えてください。
[奥本] 6月中に中間オンラインミーティングを開催し、自社内における「兆し・見立て・物語」にあてはまるような事例を共有し合います。続いて、7月に行われる第5回では、キワ、ムスビ、カブクといった、われわれがジャパン・コンセプトと呼ぶ日本的方法論を深める議論を行いたいと思います。9月には外部のゲストもお呼びしたうえで、AIDA理論のお披露目を行い、中身について皆で語り合うラウンドテーブルを開催したいと思っています。