座談会

左から、穂積 晴明、須藤 憲司、山下 隆一、名和 高司、住田 孝之、川田 弓子、田中 啓介、安藤 昭子

 一般社団法人AIDAコンソーシアムの設立を記念して、経営・政策・組織開発など多様な実践領域で活動される皆さまとともに「複雑な世界を、いかに豊かさへと変えていくか」をテーマに座談会を開催しました。
 本来、世界はつねに複雑で揺らぎに満ちています。しかし、合理性が前提となる現代において、人が複雑さと向き合う力は弱まりつつあるのではないか——。そうした問題意識を出発点に、参加者それぞれの経験から見えている複雑さの姿、そしてこれからの組織や社会への願いを、立場を越えて語り合っていただきました。

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多士済々の八名

◉ 名和 高司(一般社団法人AIDAコンソーシアム AIDAリードフェロー/一橋大学大学院国際企業戦略研究科 客員教授)
◉ 住田 孝之(一般社団法人AIDAコンソーシアム 理事/住友商事株式会社 専務執行役員 CSO)
◉ 山下 隆一(中小企業庁 長官)
◉ 田中 啓介(ヒューマンリンク株式会社 代表取締役社長)
◉ 川田 弓子(一般社団法人AIDAコンソーシアム AIDAフェロー/一般社団法人 野中郁次郎研究所CRO)
◉ 須藤 憲司(Kaizen Platform株式会社 代表取締役)
◉ 安藤 昭子(一般社団法人AIDAコンソーシアム代表理事・AIDAリードフェロー/株式会社編集工学研究所 代表取締役社長)
◉ 穂積 晴明(一般社団法人AIDAコンソーシアム AIDAフェロー/株式会社編集工学研究所 主任研究員・デザイナー)

名和 高司

企業経営と哲学を架橋してきた実践的経営学者。グローバル経営や企業変革をリードし、多数の社外取締役・アドバイザーとして、日本の大企業の経営層や次世代リーダーの育成に深く関わる。

―― まずは、本日のテーマである「複雑な世界をいかに豊かさへと変えていくか」について、それぞれお考えをお聞かせいただけますでしょうか。

名和 高司(以下、名和) 今の日本は羅針盤を失い、蛇行をしているように思えます。まずダイバーシティという遠心力がやたらに注目され、インクルージョンという統合の力が非常に弱い。間(あいだ)というのはインクルージョンそのもののはずです。人的資本にも間違った注目がなされてしまっています。企業経営において人的資本とは副次的なもので、それだけに多大なお金を突っ込む対象ではないはずです。
 カナダの経営学者、ヘンリー・ミンツバーグはこの6月に会った際、「匠(たくみ)にこそ、日本の強さがあるのに、株主主権的な流れに負けつつある。もう一度、日本は本来の姿を取り戻すべきだ」と言っていました。
 ドイツの哲学者、マルクス・ガブリエルも日本的な方法に興味を持っています。彼は京都大学の出口康夫教授と研究をしているんです。出口教授はSelf -As-We(セルフ・アズ・ウィ:われわれとしての自己)という概念を提唱されているんですが、ガブリエルは英語として通じにくいということで、We Turnと言い出したんです。IではなくWeだと。

名和 高司

 Weって間(あいだ)なんですよ。そして、Identityではなく、Wedentityだと。私はそれを和人(わじん)と呼んでいます。この和人が日本の本当の価値観であり、それを日本から発信しなくてどうする、と私は言っているんです。それを応援してくれる人は海外にいます。彼らの発信力はすごいので、そこに入っていけたら、われわれの言うことがもっと広まるのではないでしょうか。

住田 孝之

通商産業省(現・経済産業省)にて産業政策やイノベーション戦略、環境・エネルギー政策などの要職を歴任。統合報告の枠組み作りにも尽力し、官民の豊富な知見を活かして、新たな価値創造戦略を推進する。

住田孝之(以下、住田) 私が考えるに、人の五感が感知するものの外側にあるもの、それこそが複雑さの源泉ではないかと。それをどうやって感じるか、ということでいえば、生態系の中で、空気の流れや鳥のさえずりといった人間世界以外のことを感知しなければなりません。まさに、見えない部分です。その感じ方は万人が違う一方で、これは自分の感じ方と同じだと共感を得られるものもあるかもしれない。その差異と一致を見つけていくことがとても大事だと思います。

 振り返ると、松岡正剛という個体の人間から感じられるエネルギーがすごかったことを思い出します。そこにはまさに複雑さの源泉がありました。自分がすごいと思うことを突き詰めて考え、さらにその考えを他者に投げかけてみることは非常に重要です。そういう投げかけを集団でやる、それもいろいろな人に共感してもらいながら行う場にこのAIDAコンソーシアムがなればいい、と思っています。

住田 孝之

田中 啓介

1999年に三菱商事に入社後、20年以上にわたり国内外の電力ビジネスに携わり、2022年に人事領域へ転身。「人と組織のポテンシャルを解き放つ」をテーマに戦略的な人材育成や組織変革に取り組み、2025年4月より現職に就任。

田中啓介(以下、田中) 今はインターネットが強固な基盤となり、そこにAIが台頭してきて、情報の量・スピード・多様性が圧倒的に高まりました。改めて、地域・時間・言語・ネットワークなどの「差」から生まれる情報を糧にしてビジネスを創って来たわれわれ商社は、今後どうやって勝つのか、何のために存在しているのかという原点が問われる時代になってきたと感じています。
 ずっと電力の事業現場で仕事をしてきたのですが、昨今、組織全体の雰囲気として「そつがない」という感じを持ち始めていました。集めやすくなった大量のデータ・情報に基づき、事業開発していくのですが、きれいに整理されたわかりやすい確率論で事業判断していく、数字で判断する対応自体は上場会社として投資判断・ポートフォリオマネジメントをするうえで極めて真っ当なのですが、個人的には、何か物足りなさを感じていました。それはなぜなのかを考えると、結局は、厳格な社内ルールのもと、数字・確率で測れる世界に閉じているからだと思うんです。

 その時にたまたま出会ったのが、編集工学研究所が主催するAIDAの研修(Hyper-Editing Platform[AIDA])でした。AIDA的な思想がビジネスに直結すると直感しました。そこで特に学んだのは、すべてがプロセスだということです。ダイナミックなプロセスの中で、唯一無二の絶対的な解というものはない。一定のルールはあるけれども、ルール自体も変わっていく。

田中 啓介

 今後のビジネスを考えたときに、今までの確率論的アプローチも大事ですが、試行錯誤し続けることがもっと大切だという感覚を持ちました。AIDA的な思想に触れて、予感が確信に変わったのだと思います。
 Human Linkの存在を通じて、多数のグループ企業を抱える三菱商事グループの人と組織をもっと元気にしていきたい。そうすれば、日本をもっと元気にできるかもしれない。そのためにも、ここでAIDA理論ともいうべきものをつくり上げて、各社のOSに実装していきたいですね。

山下 隆一

経済産業省で製造産業政策やエネルギー・イノベーション政策の要職を歴任し、2024年より現職。中小企業の生産性向上と競争力強化に向けた支援策を牽引し、日本経済の基盤強化に尽力している。

山下隆一(以下、山下) 皆が昭和のOSに乗って活動しているということをあらゆる場面で実感します。特に企業間取引が典型です。この30年間のデフレが思考を小さくし、新しい価値を生み出すより、同じことを繰り返し、コストをカットすることに皆が懸命になっている。このOSを変えるのが政府の仕事です。
 そこに危機感を覚え、中小企業庁で「100億プロジェクト」という、弱者救済型の施策とは真逆の試みを始めたのです。売上高年間100億円を目指す企業をとにかく集めようと、「100億宣言」をしてもらったんです。ふたをあけて見ると、3カ月で1900社が全国から名乗りをあげてくれました。
 結果、その会社の従業員がまず驚くんです。この会社には夢があるということで、会社に対するコミットメントが上がるんです。さらには地域社会にも好影響が出ています。あの社長がそんな宣言をするなら、うちもできるかもしれないと。これは一種のガバナンス装置として機能し、従業員も地域社会も応援しているから、俺も頑張らないと、という経営者に対するプレッシャーになるんです。こういう仕組みが社会のソフトインフラになるようにしていきたい。

 最大のポイントは、企業が生み出す新しい価値です。その価値のつくり方こそが競争力の源泉になります。ところが、その価値づくりのためのフレームワークがない。その独自のフレームワークづくりをこのAIDAコンソーシアムに期待しています。その場合、頼りになるのは大企業より、中堅・中小企業です。中堅・中小企業の経営者は会社に対するガバナンスがものすごく強い。大企業とは異なり、変化させようと思ったらすぐにそれができるんです。

山下 隆一

須藤 憲司

早稲田大学卒業後リクルートに入社し、マーケティング・新規事業開発を経て、史上最年少で執行役員に就任。2013年、33歳の時に米国シリコンバレーでKaizen Platformを創業した、企業のDX推進を支援するベンチャーのアイコン的な経営者。

須藤憲司(以下、須藤) 私は大企業のDXやAIをテーマとした業務に取り組んでいます。この領域は変化が速く、毎週あるいは毎日という単位で新技術が出てきます。そんな中、日本は全体的に人が足りない傾向にある一方で、海外はどんどん人を切っており、さらにその海外は大いにAIを活用している一方、日本は全然活用していないという2つのギャップを感じています。日本は昔から、いろいろな技術やテクノロジーを外から取り入れるとき、一工夫、二工夫を加えてきました。要はストレートに入れないのが一つの特徴です。そう考えると、変化のスピードが遅いというのは必ずしも悪いことではないと思っているんです。

 AIの技術進化はものすごいので、それに巻き込まれるとすごく消耗します。社会にAIをどう取れ入れていくかという十分な議論がないまま、単純に仕組みが壊れるスピードだけが速い。つくるよりも壊れるスピードが速いのがアメリカや中国で進行しているAIの世界です。それよりは日本のほうがよほどうまいやり方ができるのではないかという意味で、私は大きなオポチュニティを感じています。
 うまいやり方を行うためのヒントが歴史にはたくさんあります。例えば、織田信長は鉄砲は発明していないけれど、鉄砲の使い方は発明しましたし、フォードも車は発明していないけれど、車の作り方は発明しました。

須藤 憲司

スティーブ・ジョブズに至っては、電話もコンピュータも発明していないけれど、それらの新しい形態を発明したのでしょう。こういった例は日本にとって大きなチャンスではないかと思います。こうした、われわれが置かれている環境や日本の社会構造を考えるとき、AIDAコンソーシアムにおいては日本社会の発展性、応用性、新しい価値の見つけ方に大きなヒントを探すような議論を期待します。

川田 弓子

一橋大学大学院MBA修了、野中郁次郎氏に師事。リクルート等を経て現職。一橋大学野中研究室にて野中郁次郎氏の研究を長年サポートした。組織的知識創造理論を基盤にした組織開発コンサルタントとしても活動する。

川田弓子(以下、川田) 野中先生が経営学に対して行った大きな貢献のひとつは暗黙知を持ち込んだことです。複雑なものに対峙するとき、方法論や科学に頼りがちですが、そこからこぼれ落ちてしまうものがある。それが暗黙知です。先生は暗黙知こそが新しい価値を生み出す源泉であると考えており、その組織的生成をSECI(セキ)モデルという形で表現しました。
 その暗黙知やSECIモデルが顧みられない日本の現状を、「3つの過剰」という言葉で表現しました。オーバー・プランニング(計画過剰)、オーバー・アナリシス(分析過剰)、オーバー・コンプライアンス(法令遵守過剰)です。

 もう一つ、先生はあらゆる物事に人間くささが失われてしまうことに対する危機感も持っていました。その危機感が形になったのが、先生が提唱したヒューマナイジング・ストラテジー(人間くさい戦略)というものです。先生は、人間は無限の可能性を持っており、他者とともにその潜在能力を未来の善いことに向かって活用することにより元気になる動的な主体である、と繰り返し話していました。

 大切なのは、「他者とともに」という視点です。一人ひとりの思いは大切なのですが、それを社会に還元していくには、他者と交わり、軋轢や葛藤も辞さない真剣な対話、つまり、知的コンバットを経なければならないと力説していました。このAIDAコンソーシアムそのものが、単なる妥協や予定調和の場ではなく、開かれた共感、厳しさの中での共感という覚悟を持って皆さんが議論する場になれば、と思っています。

川田 弓子

穂積 晴明

松岡正剛の思想・方法をデザイン領域に応用する。AIDAコンソーシアムでは、ジェネラティブ・シンボル「utsuroi」を開発。日本的美意識とアルゴリズムを融合させた動的デザインで、思想と世界観の可視化に挑む。

穂積晴明(以下、穂積) こちらは「utsuroi」と呼んでいるコンセプトビジュアルであり、デジタルアート作品です。日本人はある状況に対し、常に変化し続ける「うつろい性」を備えていました。そこに日本人の存在論的根拠があるのではないか、その感覚を、AIDAコンソーシアムが向き合おうとする複雑性の根底にあるものとして可視化したい——。それが、このビジュアルを制作する際の出発点でした。

utsuroi

 日本的知性でどうやって複雑性を豊かにするのか。それがわれわれにとって一番の課題だと考えています。複雑性に対処するために、日本人は何をしてきたのでしょうか。伊勢新宮の式年遷宮に代表されるような、柱を立て、結界をつくるという独自のフレーミング感覚があります。日本人は、その結界という枠によって、他者と共に文化を育む時空となる「場」を生み出してきました。
 今回のビジュアルは、その結界を変化し続ける四角形で表しています。四つの点を結びつけるアルゴリズムを組み、それぞれの点が移動し続けることによって結界を結び続けるというビジュアルに仕立てています。毎秒、式年遷宮をするようなものですね。
 点が互いの間合いを調整し、境界が自律的に形を変え、動きの軌跡が記憶として次の変化に反映され、外部にいる観測者の動きも影響する。そんな四つのルールで動いています。

穂積 晴明

 AIDAコンソーシアムはそこから紡ぎ出される思想や理論が中心になるのはもちろんですが、それらをどう“かたち”として示していくのかも同じくらい重要です。その世界観の核となるものをつくりたいと思い、このビジュアルを制作しました。名刺の図柄が一人ひとり異なるのも、AIDAが扱う“うつろい(移ろい)”の象徴です。

安藤 昭子

2021年に代表取締役社長に就任。松岡正剛氏が創始した「編集工学」を基盤に、企業の人材・組織開発、理念・ヴィジョン設計など、企業や大学、地域などの価値創出を支援。Hyper-Editing Platform [AIDA]のプロデューサーも務める。

安藤昭子(以下、安藤) 「複雑さ」と「日本」という二つの言葉を頭に置きながら、皆さんのお話を伺っていました。
 まず複雑さに関してですが、住田さんが「人の五感の外側にあるもの」と表現されたように、複雑さの正体は往々にして目に見えないものです。松岡正剛は、「宇宙開闢以来、世界が複雑でなかったことはない」と言っていました。もともと複雑な世界を、単純化して理解しようとしてきたのがこの数百年の社会です。日本は古来、複雑でしかない世界を複雑なままに取り扱う方法を磨いてきました。そうした日本的方法をしっかりと持ち直すことによって、世界の複雑さを恵みに変えていこうとしているのが、このAIDAコンソーシアムです。

 では、日本的方法とはどういうものでしょうか。先ほど穂積がお伝えした「うつろい(移ろい)」の感覚について、庭を例に、具体的に考えてみたいと思います。西洋の庭は左右対称につくられていて、見る人の視点は庭の外にあります。赤い花を植え、愛(め)で、枯れたら別の赤い花を持ち込む。そうやって庭という空間のフレームワークを保つのが、西洋の美意識です。それに対し、日本の庭は回遊式であり、訪れる人が庭の中を歩き、その変化を楽しむようにつくられます。赤い花が枯れたら、そのままの状態を愛で、季節が来ればまた咲くであろう赤い花の面影を感じる。そうした移ろいの感覚が庭というものの認識や概念に組み込まれています。
 日本は空間と時間を不可分のものとして捉えているのに対し、西洋は、空間における枠組みと要素と機能を時間に応じて統制するものと考えます。私たちは身体感覚に日本の時空間の感覚を持ちながら、企業においては西洋のフレームワークでものごとを考えているのではないかと、皆さんのお話を聞きながら考えました。

 日本型の回遊式庭園を通るような、変化ごと自分自身の体験にする感覚は、田中さんが「プロセスがすべてだ」と言われたことに近いと思います。須藤さんが言われる「遅れる力」は、時間に対して反射的反応をせずにおける編集力にあたりますし、それは名和さんが指摘された「Wedentity、和人」のような関係性を重視する性質が支える力だと思います。山下さんが期待されている、このAIDAコンソーシアムで創出すべきフレームワークとは、日本の身体感覚に合った価値創出の方法論なのだろうと思いました。
 川田さんご指摘の暗黙知も非常に大切です。暗黙知は自分でコントロールできないから暗黙知なのですが、たとえば、兆しを捉える、五感の外側にあるものを受け止める、といった活動は、日本的知性や感性をうまく立ち上げれば、明示的な方法として持つことができると考えます。そのための理論が日本企業に備われば、このAIDAコンソーシアムは企業自身が複雑さを恵みに変えていく運動体になっていけるはずと、皆さんのお話に力をいただきました。

 言葉が重なり合う中で、複雑さへの見え方が少しずつ立ち上がり、話題は「その感覚をどのように実現し、実装するのか」という方向へと向かっていきます。
 後編では、AIや組織を動かす方法など、「複雑さ」の社会実装へとつながる対話をお届けします。

▶︎設立記念座談会「複雑さと日本の間にあるもの」後編を読む

文:荻野進介
企画・構成・進行:福地恵理(AIDAコンソーシアム)
編集:奥本英宏・大久保佳代(共にAIDAコンソーシアム)
デザイン:穂積晴明(編集工学研究所)

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